なんのための科学なのか1
続編の予定はないが、しばらくしたら再考したくなると思うので番号を付けました。最近考えている事をまとめて書いたので内容が飛び飛びで読みにくいですが、自分ではうまく論理がまとまらなかったので、ChatGPTによる批評を最後に付けました。ChatGPTは無課金でログインもしていない、更の状態です。以前は有料プランを使っていたこともありますが、大して使えない割には無料でできることが広がったので、無料版で良いのではと思ってます。 この世の不平等をどこまで認め、何を改善すべきなのか。徹底した平等主義は性別、出自、地位、思想、といった意味でのマイノリティーの排除につながるし、個人主義は相互扶助の精神を弱めて格差を助長する。僕は自分が知識人であることにじんわりと罪悪感を覚えている。何も悪いことはしていないし苦労もしているけど、身に余る地位に就いているような気がしてしまう。初対面の人に大学で働いていると言うときは、ネガティブな印象を与えないだろうかと気にしてしまう。もちろん努力はしてきたが、努力した結果として研究者になれているのは生まれつき物分かりが良かったからで、それは自分の努力でも親のおかげでもなくて偶然そうだったということでしかない。 不平等を認めて共生する社会像を誰も示せていないと思う。勉強だけでなく芸術や身体能力など、みな違う。それを学校では、個性という肯定すべきものとして受け入れる方法を提示されるが、社会に出ればそれぞれに優劣が付けられて、個性が尊重される社会が幻想に感じられてしまう。個性はあるがみな平等という、非現実的な社会像を深く受け入れてしまった人ほど、現実社会で自分が認められないことに強い不満を抱くだろう。 日本は経済成長していない、将来はさらに厳しくなる、ということは何度も繰り返し刷り込まれてきたから、不平等を是正することに消極的になる。今までに得た利益を将来また得られる確証がないから、利益を社会へ還元することが、自分が安定して生き残るのに不都合になっている。自分を守るために、自分が努力して得た利益は自分のもの、という論理立てが行われて、個人主義に向かっていく。 科学技術によってもたらされた移動手段やコミュニケーション手段、自動化システムの発達で、社会は効率的になった。小さいコミュニティの中で社会維持に責任のある仕事をしていたのが、集約されて不要になって、社会に...